最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)685号 判決 1958年8月28日
佐世保市港町六番地
上告人
九州塗装株式会社
右代表者代表取締役
明石恒一
右訴訟代理人弁護士
安田幹太
同市木場田町八〇番地
被上告人
佐世保税務署長 本田文治
右当事者間の追徴税賦課処分無効確認請求事件について、福岡高等裁判所が昭和二十七年五月三十日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士安田幹太の上告理由について。
しかし、所論近代国家組織の根本原理はともあれ、わが法制の下においては脱税事犯に対する裁判のあつた場合、所論課税標準が裁判によつて確定された事実によつて拘束且つ決定されるという制度は採用されてはいない。所論法人税法四八条三項が所論のような法意のものであることは所論法人税の諸法条の文理解釈からしては到底首背し得ないところである。従つて原判決には所論法律の解釈を誤つたかきんあるものと云い難く、この点の所論違憲の主張は前提を欠く。そして、また所論追徴税は刑罰の範ちゆうに属するものではないから刑罰を科した上更に追徴税を徴収したからといつて憲法三九条に違反するものでもない。叙上結論の趣旨は既に当裁判所判決(昭和二十九年(オ)第二三六号同三十三年四月三十日大法廷判決参照)の明示するところである。右に反する所論縷述の要旨は専ら自己独自の所見に立脚するものであつて採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)
○昭和二七年(オ)第六八五号
上告人 九州塗装株式会社
被上告人 佐世保税務署長
上告代理人弁護士安田幹太の上告理由
原判決は「法人税法第四十八条第一項により法人の代表者代理人使用人其他の従業者が処罰を受けた場合、同条第三項によつて政府が其課税標準を更正又は決定し、其税金を徴収する場合に於ては、
第一、其課税標準の更正又は決定は、其刑罰を科した刑事判決の事実認定に従いこれに拘束されるべきもので、
第二、此場合には同法第四十二条の加算税(以下特に記さない限り条文及び用語例は昭和二十二年法律第二八号、同昭和二十三年法律第一〇七号による改正に従う)及び同法第四十三条の追徴税は之を賦課徴収すべきでないという趣旨の上告人の主張を排斥し、
第一、其場合に於ても課税標準の更正又は決定について行政庁は刑事判決の事実認定に拘束せらるることなく、独自の調査に基き自由に之を決定すべく、
第二、所謂追徴税加算税をも賦課徴収し得るものであるとして、
上告人の請求を棄却した。
併し乍ら之は次の様な理由からして法人税法第四十八条第三項同法第二十九条以下の規定の解釈を誤った違法の判決で、其結果は、索いて、法律上の根拠が無くて上告人会社に課税徴収を行つた憲法違反を認むる結果となるものであって破毀せらるべきものである。
(一) 十九世紀的三権分立論によるならば、
「脱税事犯の場合、之に対し刑罰を科するのは司法権の行使であり、逋脱したる税を追徴することは行政権の行使であつて、両者は併立する司法権及び行政権の行使として、夫々別個の機関たる裁判所及び税務署に於て行使せらるる可く、其行使については、夫々、独自の立場に於て、脱税の有無及び範囲を認定し、独自の裁量に従って判決又は処分を行うべきであつて、両者互に他の機関の認定及び裁量に拘束せらるべきでない」という理論が出て来る。
原判決はこういつた式の古い三権分立論によつて法人税法の解釈を行い、前記の様な結論に到達したものである。併し乍ら、右の様なモンテスキユー式絶対的三権分立論は二十世紀に至つて漸く反省を加えらるるに至り、今日の制度に於ては既に廃棄せらるるに至つたものである。従つて、今日、新憲法下の新立法による新しい法制を右の様な絶対的三権分立論の原理に基づいて解釈することは誤りである。
(二) 新憲法の下に於ては、一切の行政処分に対し不服が一般の司法裁判所に於ける裁判によつて審判せらるることとなつた。此新制度は十九世紀的絶対的三権分立論を廃し、国権の行使は、一応三権に分立して行使せらるべきも、終局に於て一元的に統一せらるる事を必要とする、同一事実に対する行政権の行使と司法権の行使との結果が互に矛盾するというが如き事は、許されないという、新らしい、二十世紀的相対的三権分立論に修正したものと考えらるべきである。新憲法下に於ける新しき法制は凡べて此根本原理に基づいて解釈せられねばならない。
(三) 脱税事犯の場合、刑事裁判は之を有罪と認めて刑罰を科したが、税務署は脱税無しとして税金の追徴をしない(こういつた場合は告発が無ければ事実上起訴しないから実際上起らないであろうが理論上はあり得る)とか、反対に、刑事裁判な脱税の事実無しとして無罪を言渡したに拘らず、税務署は脱税ありとして追徴を行う(こういつた場合は実際上起り得る)という様なことを、行政権と司法権とは別個であるという三権分立論によつて認容することは不当である。
同一事実に対する国権の行使の相互の矛盾は、終局に於て調整統一せられねばならない。新憲法下に於ける新法制には、こうした行政権と司法権更に立法権との矛盾の調和統一が行われる様な制度方式が考えられている。
法人税法(以下単に法と略称する)第四十八条第三項は右の様な精神に基き、右の様な目的の下に制定せられた規定であると解釈せらるる事によつて、最も合理的に理解せらるるのである。
(四) 法人の脱税の場合が、法第二十九条以下に規定する場合に該当することは明白である。然らば、法人脱税の場合、税務署が一般普通の場合と同様に旧決定の更正又は決定のない場合に新決定を行い、本税及び追徴税加算税の徴収を行うのであるならば、法第二十九条乃至三十三条の規定は其のまま適用せらるるのであるから、其外に法第四十八条第三項の様な規定は不必要な訳である。
原判決は、法第四十八条第三項の規定を以て「脱税の場合は納期前であつても納期の利益を与えず直ちに不足の法人税を徴収すべきことを定めたもの」であると解釈しているは、其解釈の如く同規定の趣旨と目的が単に納期の利益を与えないという丈のものであるとするならば、其様な規定は納期についての定めを規定している法第三十三条に於て但書を設けるか又は別に一項を設けるか或は同条につづく別条を設けて其処に規定すべき筈である。
戦後の立法には随分粗雑なものが見受けられるけれ共、法が第六章として二九条以下に追徴の場合の更正及び決定の手続を定め其中の第三十三条に納期の定めをなしているのに、其納期に対する特例を、之と異る別個の章而も罰則の章の而も罰則を定めた条項中末項として規定するというが如き常識外れの誤りを犯しているという事は考えられない事である。法第四十八条第三項を以て、納期の特則を定めたもので其外に意味が無いと解するが如きは、こじつけの曲論であるといつて憚りないであろう。
(五) 法人の脱税事犯によつて処罰が行われた場合、法第四十八条第三項の様な特則が無いと仮定したらばどうなるかと考えて見ると、言う迄もなく、税務署は法第二十九条以下によつて過少申告者の課税標準を更正し又は無申告者の課税標準を決定し、これを納税義務者に通知することとなるべく、其場合に於ては、勿論三権分立論の相対的適用によつて、税務署は刑事裁判の事実認定に拘束せらるる事無く独自の判断で之を決定する事となるから、其更正又は決定は、裁判が認めた脱税の額よりも多くなつたり或は少くなつたりする結果が出て来る可能性がある。
更に此税務署の更正又は決定に対して異議のある納税義務者は(再調査又は審査請求を経て)行政訴訟を以て争うことが出来る事となるべく、そういつた場合其行政訴訟に於ける裁判は、勿論、刑事判決に拘束を受けるものでないから此処に刑事裁判の判決の認定する脱税事実と行政裁判の判決する認定の夫とが相違するという様な結果が生ずる事があり得る。
絶対的三権分立論によつて、こういつた結果が生じても構わぬというのであるならば、脱税の場合の更正又は決定について何等の特則は要らないということになるのであるが、之と異つて、こういつた結果は、国権の行使の矛盾であつて之を調整する必要があるということになるならば、之を防止する為の特則が必要であるということになるのである。
法第四十八条第三項は右の如き国権の行使の矛盾が生ずる様な結果を防止する為に設けられた特則であると解せられねばならぬ。
(六) 法人税の脱税事犯の場合は、告発を以て起訴の法律上の条件としている訳ではないが、事実上税務官の告発を俟つて起訴せらるるのが普通であり、其審判にあたつては税務署の資料が充分に提供せられ裁判所は之等の資料を証拠として慎重な判断を下すのであるから、脱税事件に於て、裁判所が有罪判決を下した場合に於ては、其判決の基礎となつた認定事実を動かす可からざるものとして、其事実に基き課税標準を決定し税金を追徴することとしても、之が為納税義務者の利益を害するというが如きことは無く、之に反して、税務官吏をして刑事裁判の事実認定と別個に、独自の事実認定を行わしむることとし、其結果、刑事裁判の認定事項と異つた事実認定の下に課税標準を決定するというが如き事が生ずると、前述の様な国権行使の不統一を生じ好ましくない結果を生ずる。
此故に法人税の脱税事犯に対して法第四十八条第一項により有罪判決があつた場合は、其裁判の認定事実を其まま動かす可からざるものとし、其事実に基き課税標準を決定し其免かれたる税金を徴収する。即ち税務官吏は裁判所の認定した脱税額を基礎として課税標準を決定せねばならぬ。
同時に納税義務者の側では之に対して異議を申立つる余地無く、従つて再調査審査請求は勿論行政訴訟を以て争うことは出来ない。従つて徴収も納期一カ月を俟たずして直ちに徴収する。
法第四十八条第三項は第六章の更正追徴の手続に対して、単に納期の特則を定むる丈のものでなく、右の如き凡べての点に於て、全面的に同章の特則を定むるものであると解するのが正当である。
(七) 法人税法第四十八条第三項に対応する、所得税(二二年法第二七号)第六十九条第三項には「第一項の場合においては政府は直ちにその免れた税金を徴収する」とあつて、所得金額又は所得税額の更正又は決定をなすべき旨を規定していない。そうすると、右の如き決定と其の通知を前提としている同法第四十八条同第四十九条による審査請求、更に之を前提とする同法第五十一条による訴願又は行政訴訟も認められない事を予定していると解するの外ない。
法人税法第四十八条第三項は、所得税法第六十九条第三項と其性格を同一にするものであるから、右と同断に解釈せねばならない。
昭和二十二年法第二七号の所得税法と同時に立法せられた昭和二十二年法第二十八号に於ける法人税法第四十八条第三項の規定の文言は所得税法に於ける場合と少しく異つて「第一項の場合においては政府は直ちにその課税標準を決定しその税金を徴収す」となつている。併し乍ら、その異る所以のものは、所得税法の場合は第一項によつて処罰を受くるものは納税義務者其人であるから、単に、「その免れた税金を徴収する」丈で足りるが、法人税の場合は、第一項によつて罰せらるるものが納税義務者たる法人そのものでなく、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者である関係上から、「その免かれた税金」ということが出来ないので、其表現をその「課税標準を決定し」と変えた丈に過ぎない。
現行所得税第六十九条第三項は其後の改正に拘らず、此点は依然として、「その免かれた所得税を徴収する」とあつて「更正決定をなすを要する」と言つた趣旨を示す文言が挿入せられておらない。之に反して現行法人税法第四十八条第三項は、其後の改正に於て、右の点を改正し「政府は直ちにその免かれた法人税額又は還附を受けた金額に相当する税額の法人税を徴収する」と改められている。此事は前記の解釈が正しいという事を裏書する。即ち所得税法第六十九条第一項により脱税犯として処罰せられた場合は、政府は直ちに同法第三項により其免かれた税金の納付命令書を発して之を徴収すべく、所得額所得税額の決定又は更正をなし之を納税義務者に通知することは要件でなく、納税義務者は右徴収に対して審査請求其他の異議の方法が許されない。法人税法第四十八条第三項の場合に於ても此点同様であつて、只旧法時代は一応形式的に課税標準の決定をなし、之を納税義務者たる法人に通知してその税金を徴収すべきものとせられていたが、審査請求其他の異議を認めないのにそういつた事をやることは無意義であるという理由から現行法では夫を要しない事に改正したものである。
(八) 刑事裁判が例えば一千万円の脱税ありとして処罰を行い、之に対し税務署が同じく一千万円の脱税ありとして課税を行つた場合、之に対し納税義務者が異議を述べ審査請求訴願、行政訴訟が出来るというが如き事は愚である事論を俟たない。所得税法第六十九条第三項法人税法第四十八条第三項は、孰れも此愚を避ける事を定めた特則であると解するのが常識的であり、且法律的である。
(九) 以上述べた様な理由で、法第四十八条第三項は同法第二十九条以下、第六章の規定に対する特則をなすものであつて、脱税事犯によつて刑事処罰が行われた場合に於ける納税義務者に対する税金の追徴は、法第二十九条以下によるものでなく、法第四十八条第三項の特則によるものであることが明かである。
然らば、此場合に於て、法第四十二条第四十三条の適用の無い事言を俟つ迄も無く、之が適用ありと判断した原判決の法律解釈は誤つている。
(十) 刑事裁判は、刑事犯罪に対し刑罰を科することを主体とするけれ共、同時に犯人が犯罪によつて不正の利得を得ている場合は其利得を剥奪する処分を自ら行う事を原則としている。
かの没収及び追徴を附加刑とし、又押収贓物の被害者還附をなすが如きは其原則の顕われである。
押収した贓物の中には、民事法上は、既に犯人の所有に帰し被害者の回復請求を俟つて初めて被害者に所有権が回復せらるるものもあろうし、時には民事法上犯人の所有に属することなく従つて被害者の回復請求を俟つ迄もなく旧来のまま被害者の所有に属しているものもあろう。其孰れたるを問うことなく、刑事裁判が其の固有の分野を厳密に守るならば、之等の物の回復は被害者と犯人との間の民事法上の問題として、刑事裁判の積極的に干渉すべき限りでないということが一応考えらるる。
然るに拘らず前述の如く刑事裁判は前述の如く其の孰れの場合たるを問わず積極的に進んで之等の物件の処分を行う、夫は、犯罪によつて得た利益を犯人から剥奪することが犯人に対する制裁の一方法として必要であると考えるからである。
(十一) 脱税事犯の場合、刑事裁判の固有の分野を厳密に守るならば、刑事裁判に於ては単に刑罰を科する丈にとどまるべく、脱税によつて免れた税金を追徴するか否かは、被害者の立場にある税務署の決定に任ずれば足るということが一応言える。併し乍ら夫では時によつて脱税犯人に不正の利益を其のまま放任する結果を生ずる惧があるので、法第四十八条は此利益を犯人から剥奪する意味で第三項に於て其免れたる税金を追徴する旨を定めたのである。夫は丁度刑法第百九十七条の四の没収又は追徴の規定の趣旨と同一である。
税金の追徴の事が追徴の事を定むる法第六章に規定せらるる事無く、罰則規定而も処罰条項の末項に規定せられているという事はかく考えることによつて初めて合理的に理解せらるる。
(十二) 尤も同条項の規定は純粋の追徴の形式とせらるることなく、「法人税の徴収」という形式とせられている。
けれ共之は、純粋の附加刑たる追徴とし、其徴収を刑罰の執行として行わしむるよりも、形式上税金として税金徴収の方法によつて取立てさせる方が正確で且つ便宜であるということからそうせられたものに過ぎず、夫は丁度国税徴収法によつて収税官吏に判決の執行権と同一の強制徴収権を与え、又国税犯則取締法により税務署長に通告処分という実質上罰金の科刑と徴収に該る行為を行わしめることとしているのと同一趣旨の立法である。
(十三) 扨て、法第四十二条四十三条が所謂追徴税加算税を徴収することとしている理由は、課税標準の不正申告者又は申告懈怠者に対して行政処分により制裁を加える趣旨に外ならない、従つて、之等の者が、脱税犯として起訴せられ有罪判決を受けた場合に於ては、之等の者には行政罰以上の刑事罰が加えられたのであるから、之等の者の違反行為に対する制裁は此刑事罰丈で充分で之に対し更に行政罰を科すべき理由はない。
而して残された問題は、該行為によつて税金を免かれた事の利益の剥奪のみである。法第四十八条第三項は、かかる意味に於て、免かれた本税たる税金の徴収をなすべき旨を定めたもので、所謂追徴税加算税は之を徴収するものとしていなのである。
(十四) 其事は同条項の文言から見て争いの余地なく明かである。之に反して、原判決の如く、此場合に猶法第四十二条四十三条の適用があるものとして加算税及び追徴税を課するということとなると、夫は前記の如き法第四十三条の文言解釈に反するのみでなく、同法の立法趣旨に背反し、更には、同一の犯罪について行政罰と刑事罰との二の罰を併科する結果となつて憲法違反であるとも言い得る。